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おいていかないで~!

 

私には「親友」と(私は)思っている友達がいる。高校時代の三年間は三人組で仲良く過ごした(と私は思っている)。

三人で居るのが一番楽だし、なんでも話せるし、常に笑いが絶えない(と私は以下略)。

 

が、私が大学進学を機に上京し、バラバラになった。ひとりは地元の私立に進学し、もうひとりは現在美大を目指し浪人中。そもそも私が美大を目指すきっかけとなったのは彼女なのである。

私ははっきり言ってこのふたりが結構、いや、かなり大好きなのだが、どうなのだろうか。

どうなのだろうか、とは、果たしてこのまま仲良くズッ友でいられるのか、とか、そもそもそんなことを思っているのは私だけなんじゃないか、とか、大学で(要は私の知らない世界全般)もっと大事なものを得るんじゃないか、などなど。

マジでめんどくせえ彼女か。という話なのである。

たぶん私は猜疑心の塊でひねくれまくっているが、一度心を開けばも~ずっぽり依存してしまうのだと思う。今後男と恋愛関係になったときに自分がどこまで無様なことをしてしまうのか恐ろしくてしょうがない。そもそも誰かと恋愛関係になるなんてことは今後一生無い気もするが。

でも友人関係でこれって、わたし、ヤバくないか?ヤバいと思う。

 

もう大好きなのである。二人のことが。

「私はふたりのことが好きである」と自覚しているがゆえに猶更そう思うのかもしれない。実際はそんなことないのかも。でもほかの二人よりは三人組でいることを大切に思っているのはたしかだ。

 

あるとき、キモすぎて浪人中の友人Aに、「私にとってAは一番大事だけどAにとっての一番は私じゃないんだよね」みたいなLINEを送ってしまった。不倫中のOLでも今日びこんなLINEはしないと思う。しかも同姓の友人にである。

Aは私と違って人当たりがいいため中学高校でもたくさんの友人がいる。特に中学の友人が大事なようだ。私は性格が悪いから動物園気分でつるんでいるところもあるだろう。というか私がAなら私を一番なんかにはおかないな。キモイから。

Aの返事は、「順番なんてなくてみんな大事だよ」というものだった。この一文でいかにAが人当たりがいいのかわかってもらえると思う。こういうひとなのだ。

 

次に、現在地元の私立大学に進学中のBである。

Bは飄々としたやつであり、そんなに社交的じゃない(と私は思っている)が、中学の親友というのが一番の友人のようだった。「結婚式のスピーチをさせてくれ」と頼んだら断られた。頼む私も私だ、というかこの場合私だけがただキモい。

おそらく高校生活の中では私が一番なのではないかと思う。が、今後大学生活でもっといい友人と巡り合い捨てられるんじゃないかと不安だ。

 

ここまでぐるぐる考えて、気付いた。人を大切にする方法が分からない。

唯一の家族であった父ともあんなふうな終わり方をしてしまったのだ。友人の大切にし方が分からない。どこまでやったら重くて、どこまでならちょうどいいのか。なんだこれ。DJあおいにでも相談したらどうだろうか。私よ。

どうしたら人に優しくできて、「好き」を与えられて、同等の「好き」をもらえるのか。分からない。

叔父が以前「こっちが友達と思ってれば向こうも友達だよ」と言っていたがそんなのはきれいごとだ。もちろん向こうもきれいごととして言っているんだろう。空虚な言葉である。もし私の「好き」が必ずしも相手からの「好き」と比例するのなら、私は友人AかBともう恋人になっていたかもしれない。いや、そこまではないな。そこまではないです。

とにかく、友人AとBとはずっと仲良くしていきたい。でもどうしたらいいんだろうか。そんな感じである。

 

大学で出来た友人が高校の友達が自分に依存してくる様子を私に話すのだが、「え~滑稽(笑)ダサ(笑)重いね~(笑)」みたいなスタンスで聞いていた。しかしよく考えてみるとその子は私となんら変わらない。むしろ私よりもすがすがしい。重いと思われたらどうしよう・・・みたいな、そういう、そういうのが無い。シンプルでいい。

私は結婚する予定がないが、二人が将来どっかの男と結婚したときにまた同じように「おいてかないで~!」と思えるくらいに関係を保持したい。二人の子育てが終わればまた旅行などにいきたい。ひょっとして私は、バカじゃなかろうか。意外と未来に夢を見ているんだな。

 

あと話は変わるが、バイト、落ちました。

まあみんな最初の面接では失敗してるみたいだしOKOK~なんだが、次も頑張ろう!という気持ちにはならない。だって本当は働きたくないから。誰かに働け!と言われないと働く気にならない。またお金がない!と焦り始めたら頑張ろうかな。でももう落ちちゃったししばらくは遊んじゃおう。ははは。

 

そして次に、最近ようやく美意識・自意識のようなものが芽生えてきて筋トレを始めた。体力テスト学年最下位の私だが、筋トレで身体がすこ~~~~しではあるが変化しているのを感じ、意外と楽しくなってきた。他者から見たら筋トレにすら入らないのかもしれないが、自分のペースで鍛えていこうと思う。最終的にはビリーズブートキャンプまでいきたい。というか肥満を解消したい。肥満を解消して化粧をしてしゃれた服をきたらきっと少しは卑屈な部分がなくなるんじゃないかと思う。その分傲慢にもなりそうだが。

そしたらバイトも始めるし(きっと美容系は金がかかる)、もっと積極的に生きよう。

頑張ろうね、私。頑張ろうや。

おいてかれないように・・・。

 

 

臆病デブ

 

思い付きでWeb応募し、履歴書を買い、証明写真を撮り、バイトを始めようと思い立ったのだが、なんというか、ハイの後にくる賢者モードとでもいおうか、働くことが急に怖くなってきた…。

私は怒られることが本当に本当に病的に嫌で、実際怒られると後の不快感はそうでもないのだけど、とにかく怒られるまでのあのビクビクそわそわしている時間がめちゃくちゃ嫌なのだ。高校のころも異様におびえていて同級生から不思議がられたりもした。

自分なりに理由を考えてみたのだけれど、やはり父親のせいだろうと思う。

父親はかなりの情緒不安定で、急に怒鳴りだしたかと思えば泣き出したり、常人には理解できない感情周期があって、私は父と暮らした9年間このせいでえらい怒られた。

さっきまでニコニコ話してたかと思えば急に「おい!!!」と怒鳴られ部屋まで来られたり、とにかくめちゃくちゃだった。

そういう生活が十年近く続いた結果、私は怒られたくないという気持ちが病的に強くなってしまったのだと思う。

学校でも、このせいで教師に質問が出来なかった。父になにか尋ねたら場合によっては怒られたからである。というか、私は最終的には怒られたくないあまり父とできるだけ顔を合わすのを避けていた。それを周囲の大人に対しても引きずっているのだ。

遅刻をした、何かミスをした、というときにもう怒られるのが嫌で嫌で嫌で嫌で、遅刻して文句を言われたくないあまり学校を丸ごと休んでしまったりとか、そういう謎行為をやってしまうのだ。もしかして、これ、発達障害

そういうわけで、私は働くのがめっちゃくちゃ怖い。できればバイトとかしたくないというのが本音である。が、仕方ない……。

最終的にはどこかしらに就職する身だし、目先の問題として金がない。

私は美大に通っておきながらお金になるほどの絵のスキルもないし、画材は高いし、そもそも芸術作品って、製作費に結構なお金がかかるのに対して出来上がったあとはなんのお金にもならないのだ。要するにお金を投げ捨ててるのと同じなのである。

じゃあなんで美大いったんだよって話になってしまうけど、、、、

また、娯楽費。東京は誘惑がたくさんある。また、私は長い間父の財布から好き放題にお金を抜いて遊びほうけていたので(父へのやり返しの意味もあった)、金銭感覚が貧乏な学生に見合っていないのである。。。

漫画を衝動買いだとか、最近だとデブでロクに服も入らないくせに雑誌を買いまくったりとか、あとちょっといい店で外食したりとか。。。セレブ主婦か?みたいな金遣いをしているのだ。(まだ服はそんなに買っていないのが幸い、、、デブの唯一の利点かもしれない。)

 

そういう訳で、バイトをやらなければいけない理由はめちゃくちゃあるし、そういう部分を踏まえてやっぱりバイトはやりたいのだが、働くのが怖い

 

まあでも、いつかは誰かが通る道だ、仕方がない・・・

バイトを一生懸命して、友達と旅行にでも行ってみたい。もっと高い服とかも買ってみたい。下北沢とか原宿とかいけるくらいのサブカル女になりたい。

・・・逆にバイトをしているということにかまけて金を使ってしまいそうなのが不安である。

 

あと、バイトをやらなければという意識を後押ししている一番大きなものは罪悪感である。先ほども言ったように、芸術と商業は相いれないため、現在私にはなんの生産性もない。また、近親者も親しい友人もいないために、存在理由がないのだ。

生きてるだけで余計なことばかりして金を使いまくる、ゴミなのである。私が死んでも誰も迷惑しないどころか、むしろお得。そういう現状なのだ。

唯一困るのは高い学費をとれない大学だろうか……。

そもそも私が死んで涙を流す人間、いるのだろうか。まあ19年程度しか生きてない人間だと、誰でも親くらいしか悲しまないか。芸能人とか以外は。

 

話が色々飛躍したが、まず応募しただけで面接も受けてないので、面接に受かってからだ・・・

 

それと、話は変わるがもうひとつ。

私は現在80キロのデブなのである。173センチ80キロのデブだ。

自分では鏡を見るとき顔くらいしか見ないからいまいち分からなかった(いや、気付かないふりをしていただけだ)が、写真なんかをとると、もう、友達との厚みが違いすぎる。ヤバいのである。

また、デブというのはかなり劣等感を刺激する。ただでさえ低い自己肯定感がもっと低くなるのだ。

服屋もあんまりおしゃれだと周りを一周してからしか中に入れないし、おしゃれなカフェとかでは一人できたときに変な汗をかく。デブだから夏場は常に汗だくなのだが。

 

あと、仲間内でのデブネタ。デブいじり。

私は仲間内では臆病な本性がばれないように高圧的にふるまっており、どちらかというといじる方で、どちらかというといじめる方に位置づけられる。

だが、デブだ。

デブが上から目線って何事?死んだ方がいいんじゃない?と私は私に対して常に思っているし、周りの人もきっと思っているのだろう。でも優しいから言わないだけだ。

だから仲間内でのデブネタみたいな流れになったときに自虐ネタとして「私がデブで~すwwww」みたいなことができないのだ。プライドが高すぎて。

自分のことを死ぬほどキモイと思ってるくせに、プライドだけがめちゃくちゃ高いのだ。

だから人にばかにされているのではないかという意識が常にあり、特に先ほどもあげた服屋やカフェ、また若い男の集団を近くにしたときなんかは死にたくなるのだ

人の笑い声が嘲笑にきこえるのである。道を歩いているときの、ガラスにうつっている私は、ありえないほどに醜い。

 

そういうわけで痩せたいのである。痩せたいからここ最近断食めいたことをやっているのだが、なかなか痩せない。痩せないしすぐ戻る。

ダイエットとは一朝一夕で効果が出るものではないというのはたしかにそうなのだが、ずっとデブは困る。

私は最終的に173の50キロ代前半まで落としたいのだ。

こうすればたぶん似合わない服もないし、顔がどうでも、体形と身なりさえ整っていれば誰にも舐められない。舐められたくない。他人にばかにされているのではとびくびくしたくないのだ。

とりあえずバイトをすれば運動量も増えるだろうし、家に引きこもらなくなるだろう・・・最悪辞めればいいんだし。。。

少しずつ人生を改善していきたい。でも、卒業後のビジョンが無い、8分の1は終わったのだ。あまり時間はない。

 

金をあげると成仏ができるよ

 

叔父は一見温厚で、また高学歴であるために、父とは対照的な存在であると思っていたのだが、やはり血を分けた兄弟、本質はすごく似ていた。

ただその上に被せているものが違うだけだ。

 

父の地元の風習で、長男は家の墓を継ぎ、次男は自分の墓を建てる、というものがあるらしい。私は父が死んでからこれを聞かされた。

10年前母が亡くなったとき、母は遺言として母方の墓に入れて欲しいという言葉を残した。母は現在母方の墓に入っている。

父も自分の墓は立てず、祖父母の眠る墓に入るつもりだと生前語っていた(らしい)。

の、だが。

叔父はどうやら私が成人なり就職なりをしてから私に墓を建てさせ、そこに母の骨と父の骨を入れさせたいらしく、父の遺骨を入れてくれといっても無理だの一点張りで、現在父は寺に預けられている。

私は結婚したら旦那の墓に入るのだろうし、結婚しなかったとしても母方の墓に入るつもりなので、もし仮に墓を建てたとしても父しか墓に入らないことになる。母は遺言なので動かせないし。

兄妹なのだから、入れてはくれないものかと思って何度か交渉してみたのだが、無理だった。

叔父の主張として、『まず、世間の常識として「子の面倒は親が見る、親の面倒は子が見る」というのがあります』――(叔父のメールから抜粋)らしい。

叔父が墓に入れてくれたらすべて丸く収まるのだが、まあこれは仕方ないだろう。父と同じく、結論から先にあるタイプで、理由は後付けに過ぎないようだ。こういう人間にはなにを言っても無駄である。

 

で、次に。

私は叔父と司法書士が二十歳まで成年後見人としてもろもろの面倒を見てくれるのだが、どうやら20歳を過ぎると一切の面倒を見てくれなくなるらしい。

先日、盆に叔父から「一回忌までは私がするが、三回忌からは自分でやるように」と告げられた。むろん私に法事を仕切った経験はないし、そもそも親戚等の名前も知らないので、ちょっと難しいですと告げると、周りの大人に手伝ってもらえばいい、と言われた。叔父が例に挙げたのは叔母であった。

叔母は母の妹であり、父とはなんの関係もないし、そもそも親戚だって叔母のことは知らないだろう。

「いや、叔母は関係なくないですか?」と言うと「兄妹だろう」との返事。たしかに義兄弟ではあるが、なんというか、この男、いろいろとずれている。

結局叔母には迷惑はかけたくないので私一人でなんとかするつもりだが、一体どうしたものだろう。「19歳から始める喪主」みたいな本でも売ってないだろうか。

 

身もふたもない話をしてしまえば、まず私は法事というシステムが意味不明なのである。

葬式まではぎりぎり分かるのだが、どうして死んだ人間に生きてる人間がお金を払って、会いたくもない親戚とあってストレスを感じなければならないのだろう。坊主の金もうけのためとしか思えなくなってきた。

詳しくは知らないが、仏壇を開け閉めするときに坊主を呼ばなければいけないとかの決まり事もあるらしい。あと位牌を大切にしないと罰があたるとか。

めちゃくちゃ馬鹿らしくないかそれ?!とびっくりしてしまう。

死んだ人間は無でしかないのに、やれ供養だ成仏だ、坊主の金もうけのいい口実になっている。

そもそもそういう仏教のめんどくせえあれこれが無ければ今私は頭を悩ましてはいないのだ。死んだ人間は死んだ時点でハイ終わり、でいいだろう、念仏とかなんの意味があるんだ?遺族が死んだ人間について語り合う場は遺族だけで定期的に開催すればいい。(開催したければ)

めんどくせえ よほど金に飢えてる坊主

 

実にしょうもない話を書こうと思う。

まあ誰も見ていないからしょうもなかろうが個人的なことだろうが構いやしないのだけど。

 

大学である程度の友人ができた。ある程度、というのは大学構内では基本的にともに行動するし、たま~に休日には食事したり買い物したりはするが、腹の底までは割っていないくらいの距離感だ。まあ私にしては上出来である。

 

先日その中の友人(友人というには少し物足りない気もするが知り合いよりは親密であるので友人である)のTwitterの裏垢を発見した。

その話題はいったん置いといて、大学の同級生は皆結構オタク色が強い。美大だから仕方ないかもしれないけど。

そのオタク社会の中でも露骨な痛々しい精神年齢が中学生から成長してないみたいなオタクはヒエラルキーの下層に位置する。

が、なんというかニコニコ動画出身のオタクみたいなものがわんさかといる。オフパコがどう、歌い手がどう、実況者がどうみたいな話題が普通に出てくる。高校のときでは考えられない。

私もオタクの端くれであるためにそういう文化を持ったオタクはアイタタタ…といった感じなのである。なんというか、価値観が合わない。

インターネットの話なんかも共通の話題であるためにたまにするのだが、妙にかみ合わない。リア充爆発しろ、とか言っているレベルの低いオタクだ。

彼女と実際に会話すると嫌悪感はないのだが(まあまだたいして知らないからかも)、彼女のSNSの振る舞い方であったり、彼女が抱えている文化、背景がキモすぎる。

 

で、おいていた話を戻そう。

裏垢で田舎者がどうのこうのという話題を彼女が口にしていて頭に来た。要するにこの記事を一文にすればそういうことである。

 

実家が東京で、親が両方健在で、兄弟みんな美大に行かせられるくらいの財力があって、なんというか違うなと思った。抱えている背景が違いすぎる。

田舎者の気持なんか分からないだろう。初めから持っているお前に、持たざる者の気持ちは分からないだろう。悪意はないのだろう、ちょっとした身内のジョークだ。

持っている者の普通の話である。腹立つな。腹立つ。なんだそれ。腹立つな。

 

 

 

 

なぜ死んでからしか許せないのか

 

先日、実家の郵便受けにたまっていた手紙類が寮に叔父から送られた来た。

大半は成人式の振袖のカタログだとかリクルートスーツのカタログだとかだったが(〇〇様(私の名前)とご家族様へ と書かれているのが笑えた。)と、父親が死んだホスピスから手紙が届いていた。

内容は父親が死んで3か月経ったがどうか、私たちは父親を看取れて光栄でした、みたいな、いわゆる励ましの手紙というか、アフターケアというか……。

こういうサービスは患者の遺族全員にしているのだろうか?

ホスピスに入院している患者は遅かれ早かれ全員必ず「死」は回避できない患者なわけで、看護師さんも一人ひとりの遺族にいちいち死んで何か月経ちましたねなんて手紙を出すのは結構大変だろうな~と思った。

 

最近、ようやく環境に慣れてきた。

寮の隣人とはちょっと揉めているし部屋の外はあまりうろつけない状態だが、大学では友人もできたしわりと楽しく生活することができている。

インターネットでも友人のような存在は割といて、結構気安くしゃべっている。Twitterで”つぶやき”という形でコミュニケーションをとっているから、厳密にいうと会話ではないけど。

外で言うこと、内で言うこと、と自分の中身を分けていたら誰にも言えないことが全然ないことに気付いた。そのために誰にも言えないことができると胸やけしたような妙にムカムカした心地になり落ち着かなくなる。

 

このブログは元々そういう、公私どの場でも言えない一時的な感情をぶちまけるためにつくったものだから、これからもそのために利用していこうと思う。

 

大学で友人と騒いで、帰宅してSNS上で騒いで、一般的な物差しはおいて置き、私は今結構楽しく毎日を過ごしていると思う。親がいないとか、お金があまりないとか、一般的な物差しでは割かし不幸な大学生だが、刹那的な幸福は毎日満ち足りている。

幸せだ、とすら思う。

 

でもたまに、というか割と頻繁に、就寝するために電気を消してTVも消してスマホもロックをかけたとき、とてつもなく「一人」ということを実感させられて、涙が止まらなくなる。すべての社会を断絶したときにこの現象に陥りやすい。

大学で遅くまで作業して、寮の夕飯にも間に合いそうになくて、駅付近のガストで家族連れに囲まれて一人でチーズインハンバーグを咀嚼するとき。

休日の夕方、飲み物を買いに誰もいない道を歩いているとき。

一人であるということを思い出して、自分でもよくわけがわからないまま泣きそうになる。

 

父親が死んで丸4か月、今月で5か月目に突入したわけだけど、なにも実感がわかない。これが積み重なってそのうち父親が死んだのも10年前なんかになるんだろうか。なるんだろう。

父親が生きているときは、父親との生活が苦痛で仕方なくて、本当に毎日がつらかった。幸せだと思うこともあまりなかった。

おかしな話だが、メンタルの部分だけで見ると今のほうがよっぽど楽だし、自由で、快適だ。これは本当。

 

けれどなんというか、思い出すのは本当に些細な日常の出来事ばかりで、嫌なことは頭の中に薄い靄がかかったみたいに特に何も浮かばないようになった。

幸福な記憶、というわけではない。あのときレストランでこれを食べたな、とか、クリスマスにこれを買ってくれたな、とか、スーパーで買い物するときについて行って週刊誌を読んだな、とか、本当に些細な、生活の一瞬みたいなことばかり鮮明に思い出して、そしてその当時はそれに対して幸せとか不幸せとかなにも感じなかったけど、今ではなぜかその、本当に些細で、とりとめもなかった日常が、ものすごく、かけがえのなかったように感じる。

友達が来た日にマグロを食卓に出したな、とか、手巻きずしをしたな、とか、パスタ作ってくれたな、とか、あれ買ってくれたな、あれ好きだったな、あの料理また食べたいな、とか、そういう、すごく平凡なことを思い出しては、これからの父親のいない人生ではその日常はもう二度とないのだと、気付き、どうしようもなく悲しくなって、涙が止まらなくなるのだ。

あの毎日は、幸せだったのかもしれない。不幸なこと、苦痛なことで埋め尽くされていたけど、生活の中の一瞬一瞬はたしかに愛があったし、その一瞬は幸せだったんだな、と今更になって思う。もっと大事にすればよかった。

でもあの毎日に戻ればそんな一瞬を大事にする余裕もなくなる。でもあの一瞬一瞬が、今になって、幸せだったんだ、と気付いてしまい、なんでそのときに気付けなかったのか、と思ってしまうのだ。今更気付いたところで父親はもう死んだ。礼も文句も言えやしない。

たとえば親が子供に誕生日プレゼントを買い与えたり、毎日夕飯を作ってやることは、私のまわりでは「フツ―」のことで、だからことさら感謝も感じなかったし、むしろ父親に対しては私のまわりの家族にとっての「フツ―」が欠けていたときに腹を立てていたことが多かった。

でも、フツ―なんてないのだ。そういう些細な、小さな毎日の生活だって、価値があって、それに気付くのは、必ずそれがもう二度と手に入らなくなってからなのだ。

当たり前だと思っていることだって、水準をどんどん下げれば幸福や贅沢だし、結局当たり前や普通なんていうのはある種の日常や人生への甘えでしかないのだと思う。

 

悲しい。お父さんとの毎日はクラスメイトの子と比べたらボロボロにかけていたけど、そのボロボロの毎日の中にも愛はあったし幸せはあったのに。なんで気付かなかったんだろう。なんで今更気付くんだろう。

気付けなかった罪を、毎日のもう当たり前じゃない生活の中で、当たり前だった幸福の味を思い出しながら、背負っていくしかないのだ。

本当にふとした瞬間に、父との日常を思い出す。なんで死んでからしか思い出せないのか。

何もない毎日だったけど、よくみればなにかがあったのに。

 

16/05/21

最近一人で外食していると涙が出そうになる(というか少し出ている)。

別におひとり様が寂しくて寂しくて…という訳ではない。たとえばハンバーグを食べていると、ふと、「そういえばハンバーグお父さんと食べたな」と思い出し、なんだかむしょうに悲しくなって、ちょっと泣けてくるのだ。

なんだか最近父親のことを考える時間が増えた気がする。

今気付いたが、父親が死んで今日でちょうど3か月が過ぎた。父親が死んで1、2ヶ月はあっという間に過ぎて、なんというか、悲しみのピークみたいなものはもう終わったとばかり思っていた。もちろん悲しいっちゃ悲しいのだけど、隠れた悲しさというか、日常生活は普通に送れるが、たまに、たまーに思い出して悲しくなる、くらいのリズムになるんだと思っていた。違った。

単に1,2ヶ月の間は大学入学、引っ越し等が重なって多忙のせいで改めて父親のことを考える機会が少なくなっていただけだった。

悲しいな~

 

 

 

 

三年寝たろう

前世で私は不眠症だったのかしら?というくらいに毎日寝ている。

寝まくって大学をサボりまくっている。

別に大学が楽しくないなんてことはないし、楽しい!すごく楽しい!のだが、行くまでの過程が面倒くさい 引きこもり体質なのだ、要するに。

人生は光り輝いているのに、私が変わろうと思わない限り、変わらないんだなー

GWに福岡の友達と会ったけど、みんな高校時代とはだいぶ変わっていた。話すと何も変わらなかったけど、ファッションや化粧や髪色、などなど、要するに外見がメッチャ変わっていた。それは彼女たちが変わりたいと思ったからだろう。

私も変わりたい!と思うっちゃ思うが、本当にそこらへんの情緒が育っていないので、身だしなみだとか異性の目だとかが、一切どうでもいいという訳ではないのだけど、優先順位が低く、後回しにされてしまう。

なんとなーく東京に行ったら変わるとばかり思っていたけど、変わろうと思わない限り変わらないんだな~

とりあえず痩せないとな~

楽しく真面目に毎日を生きれるように頑張っていこう