読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サンドバックベイビーズ

小学三年生の時に母親が癌で死んでからの9年間、私は父親と二人暮らしをして居たのだけれど、ついこないだ「俺は余命1年なんだ」と打ち明けられた。

正直、嬉しかった。

もちろん唯一の肉親が死ぬとなると私は涙を流すだろう。でもそれ以上に今の劣悪な環境から逃げ出せるのがたまらなく嬉しかったのだ。

私の人生という観点で長い目で見ればこの“親の死”は“別れ”ではなく“解放”だ。

親が実際に癌で死んだとき、私が衰弱しきった親に同情して、今までの己の行動を後悔することがないように、親を美しい思い出に昇華しないために、今日から親が死ぬまでの一年間(あくまで予定だが)、ここに憎悪を保管することにした。


父親はとても器の小さい人で、何かにつけ私を罵倒し、物を投げつけ、時に号泣した。子供が親にそうするように、彼も私にありとあらゆる外で処理出来なかった負の感情をぶつけてきた。私にとって彼は、維持経費がすごくかかるサンドバックだった。

彼は私に八つ当たりをすることでストレス発散を試み、幼い私も「この人に見捨てられたら私は死ぬしかない」という意識の刷り込みから常日頃顔色をうかがってきた。

けれどそのうち、反抗期を迎えた私は、父親に何かしらの反論、抵抗をするようになった。

もし仮にサンドバックを殴ったときに殴り返されるようなことがあったら、この世のありとあらゆる人々は激昂するだろう。父親もそのうちの一人で、私が抵抗すればするほど、父親の私に対する罵倒も日に日にエスカレートした。

私のことを名前ではなく「貴様」や「お前」と呼ぶようになり、「お父さん」だった一人称が「俺」になった。このとき私の“お父さん”は死んだのだと今になって思う。

罵倒の声は日に日に大きくなり、口論以外の会話もなくなった。

「何で俺がお前の世話をしなければいけないんだ」と再三言われ、怒鳴られた。

父親はずるい男だったから、何かしらの理由をつけて己を正当化し、私を罵倒した。私と生活しながら、常に粗探しをしているような状態だ。

私の中では家庭は家庭ではなく、“耐え忍ばなければならない場所”だ。

心置き無く大きな声を出せて、責めたてて、私に傷ついた顔をさせられれば彼は理由なんてなんでも良かった。大きな音を立ててドアを閉めた、そんな理由で怒鳴られることもしょっちゅうだ。


そんな父親が、己の死と向き合えるはずもなく、最近の私への罵倒、嫌がらせなどの精神的虐待は今までの中で一番ひどい。

夫婦や恋人なら、あるいは親と子の立場が逆ならば私は彼に同情できたのかもしれない。また、こんなひどい状態になる前に切り離すことも出来たかもしれない。

けれど私も彼も誰からも愛情を受け取っていないために、誰かに与えることなんて不可能なのだ。

愛情も憎悪も循環する。この世からいじめや虐待が無くならないのはその循環があるからで、私は人間という生き物の性質上そういった迫害は無くならないのではないかとたまに思う。

人間はサンドバックではないので、誰かから殴られたらまた誰かを殴るしかないのだ。こうしてサンドバックのリレーは、憎悪のバトンは続いて行く。