死が近すぎる

 

親が人を殺していた。殺す、という言い方は大げさだが、一人の人生を終わらせていた。

大学生の頃、交通事故で相手を植物人間にしていたそうだ。そうだ、というのは私が父の口から直接聞いたわけではないから。

叔母からちらりと聞いただけで、それ以上は言及したくなかったし出来なかった。

父の母、要するに祖母がその被害者が息を引き取るまで、ずっと医療費、慰謝料を払っていたのだという。それを今は亡き母が結婚後に祖母から聞き、それをまた妹(叔母)に言ったという訳だ。

父はそのことに対する贖罪をしていない。若気の至りとして遠い過去になっている。そうでなければこんなひょうひょうとして生きていないだろう。父はごめんなさいが言えない。自分の罪を認めることができない。だからおそらく被害者に頭を下げたのは祖母だ。祖母が頭を下げ、金を半永久的に払い、責任を取ろうとしている。人の人生を台無しにした責任は、本人にしかのしかかるべきではないし、また本人でも取れるものでもないが。

 

そんな祖母も、もう長くはないという。今は意識不明で大学病院のベッドにずっと寝たきりだ

数か月前、祖母が一時的に意識を回復したというので父と父の兄――叔父一家で見舞いにいった。私は祖母に何かしてもらった覚えもないし、特に思い入れもない。むしろ怒りのようなものもある。祖母と父はよく似ている。

けれど叔父の娘二人、要するにいとこ二人はどういう訳か祖母になついているようで、私は叔父一家と狭い病室で糞尿をパックに垂れ流す祖母を神妙な顔つきで見つめた。祖母は私に手を差し伸べた。握れ、という意味らしい。正直嫌だった。ずいぶんな薄情者だと思われるかもしれないが、私は昔から老人に対する恐怖の念があるのだ。

しかし、叔父一家が見ている。握り返すしかない。私はさもいい孫のように握り返した。しわしわでぎちぎちの皮膚に、ぶよぶよの肉が詰まっていた。この感覚は一生忘れられないだろうと思った。

腕にはぶち模様のように痣がちりばめられていた。薬を打つと副作用の痛みで暴れるのだ、だから普段はベルトのようなもので縛っている、と誰か(看護師だったか叔父だったか忘れた)が説明してくれた。ふーんと思った。一刻も早くこの部屋から出たいと思った。

父は弱くてずるい人なので、休憩室で寝っ転がったまま漫画を読みながら煙草を吸っていた。実質、父が祖母と同じ空間をいたのは5分も満たないだろう。実の母の死にも向き合えない男だった。

祖母は父が子供のころ、まったくの放置だったという。だから父は誕生日もクリスマスも祝ってもらったことがない。家族全員でテーブルにつく習慣がない。

ある意味父がこうなったのは仕方のないことともいえる。しかしこうなってしまったのはやはり父の弱さ、甘さ、あるいは怠惰だ、と思う。

綺麗に生きようと思い続けない限り、人間はどんどん汚れていくと叔母は言った。私はまだ十八年足らずしか生きていないが、綺麗に生きているだろうか。