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劣等感にナイフを

 

最近気付いたことがある。自分の性格についてだ。

私は、非常に劣等感が強い。自分に自信がない。

だからこそ自分と同族である「オタク」に対してこれでもかというくらい攻撃的だし、正直かなり下等生物だと思っている。自分の劣等感に他人を巻き込んでいるのだと思う。

たとえば服屋に入ると、まず服を見る前に私より冴えない、ダサいやつを探してしまう。ダサいやつが居たらその店に入るし、居なかったら外からちらちらと見る。自分より下の人間が居ないと、中に入る勇気が出ない。

自分より「下」「上」は私の中での勝手なランク付けで、すべての人間にこのランク付けをする。

私は学年一性格が悪い女子として噂が広まっているのだが、そのうちの一つに「全員の悪口を言っている」というものがある。事実である。

なぜ全員の悪口を言うかというと、悪口を言って自分を安心させているのだ。私よりも劣っているところがある、大丈夫だ、と。でもいくら悪口を言ったところで根底にある劣等感、コンプレックスは拭えない。町などを歩いていると苦しくなる。

店員とすら目が合わせられないときもある。自分より「上」の人間に、自分より「下」だと思われていないか怖いからである。

私が周囲をランク付けしているように、周囲も私をランク付けして「下」として見ているのだと思うと足がすくむ。

 

ただ劣等感が強いだけならいいのだが、私の場合は自分より下の(だと思った)者に対しての攻撃性が強い。自分に対しても自虐と言う形で攻撃してしまう。

ただでさえ下の自分よりも、さらに下の者はもうゴミのように思えてきてひどい扱いをしてしまうし、それが快感だったりもする。その時だけは優越感に浸れるからだ。

 

一度文字に起こすと今までの自分の行動の理由がなんだか一気に紐解かれてきたような気がする。そうなのだ、私は自分に自信がなくて劣等感が強くて卑屈だから、自分より明らかに劣っている(と私が認定した)人間には容赦なく攻撃をしてしまっていたのだ。

「身の程を知れよ」とよく思うのも、私自身の自己評価が低い故なのだ。たぶん。

 

どうしたら自分のことも他人のことも、一人の人間として愛せるのだろう。そもそもどうしてこうなってしまったのだろう。

美大進学で揺れ動いたのも自己評価が低すぎて冷静に自分の実技のレベルを判断することが出来ていないのだと思う。今でもどへたくそだと思っているし、それは事実だと思うけど。

Twitterで自分の考えを呟くときも必ず余計な前置きや予防線を張らないとできない。怖いのだ。くだらない人間である自分がくだらないと分かられて「下」になるのが怖いのだと思う。

 

また、この自己評価の低さが恋愛不適合も招いている。たとえばちょっといいなと思う男の子が居ても、こんな気持ち悪い人間が人を好きだとか愛とか恋とか語る権利があるのだろうか、語る私を誰かが気持ち悪いと嘲笑わないだろうか、とか考えてしまって何もできない。また、その手の話題が極端に苦手になった。今いるグループではみんな積極的に誰が好きだ誰はありえないだ、”主体的に”語ることが出来るのだけれど、それは「上」の人間の、貴族の遊戯のように感じてしまう。私みたいなやつに好きだとか嫌いだとか評価される相手が気の毒だし、そういう話を身の程も知らずにしている自分は愚かで恥ずかしい。

 

その点、芸能人はいい。画面の向こうの彼らは私を、気持ちが悪い人間を認知することはないし、平等に「どうでもいい人」になれる。さらに私たちファンは匿名性という名の透明マントに守られて透明になれる。透明人間として「可愛い」「かっこいい」「エロい」「ちょっと太った?」とか、好き勝手に身の程も無視して言うことができる。これはすごく楽しい遊びだし、この遊びに出会えてよかったとも思う。

二次元に走る世の喪女も同じ心理なんだと思う。というか私も二次元は全然好きだ。

とにかく、「私」が透明になった世界では誰も私のことを嘲笑わないし、馬鹿にしないし、下に見ることも、ない。だから世の恋愛不適合者たちはそういう「私」がいない世界に逃げて人並みに愛情を注いでみるのだと思う。愛情が帰ってくることはないけれど、代わりに罵声が飛んでくることもない。

でも、私が身を置いているのは「私」が確かに存在する世界なのだ。乙女ゲームみたいに自分の姿が見えないなんてことはない。鏡をのぞけば贅肉の乗った醜い身体、そして垢抜けない顔が映り込む。これが「私」だ。

そして、人によって容姿が優れている/劣っている、社交的/内向的と様々な性質の違いはあるけれど、江戸時代のようにその性質で明確な扱いの違いを受けることはない。日常生活や異性と接する場ではしょっちゅうあるが、私たちは同じ人間で、人権を有しているのだ。誰からも虐げられるおぼえはない。そう頭では分かっている。のだけど。

いつかこうした劣等感の呪縛から解放されるときはくるのだろうか?正直自信は無い。でもこのままでは明るい未来は待っていない。それははっきりとしている。

このまま自己肯定ができずに恋愛不適合で一人で孤独をかみしめながら死んでいくのは嫌だ。

 

愛せるようになりたい。自分も人も。