福岡から送ってきた東京ラスクを東京で食う

 

11月という数字に引く。早すぎる。

テレビが壊れたので同じような値段で同じソニーのテレビを買うことにした。型番をネットで調べると、2013年に出たモデルで今はもう製造終了しているらしい。福岡から東京へもって来たこのテレビは、もともと父が父の部屋で見るためにこっそりとかってきたものだった。父はいつでも私には何も言わずに大きな買い物をするので、学校帰りに駐車場を覗くとうちの番号のところに知らない車が止まっていた、ということがよくあった。(しかも車種がベンツやフェラーリ、ポルシェなどだった)

そういう父の専用だったこのテレビは、私はSMAP×SMAPの運動会を楽しみに何時間も前からリビングのバカでかいテレビの前で待機していたのに急に父がWOWWOWで映画を見始めて私が激昂したときに父も激昂してすごく乱雑に自分の部屋から居間の隣にある(つながっている)和室にドン!と置いて「これで見ろ」と言った日から、私用のテレビになった。

父はこのテレビが壊れたことを知らない。死ぬってそういうことなんだな~と思う。

父はポケモンGOも知らない。おそらく父はポケモンGOをやる側の人間だっただろうな~とも思う。

父が生きていたら、今私はどういう暮らしだっただろうか。

たぶんこんなに浪費は出来ていなかったしぎりぎりの仕送りでぎりぎりの娯楽を楽しんでいたことだろう。テレビが壊れたからお金をくれと電話をしたらきっとバイトでなんとかしろと電話越しに怒鳴られていたことだろう。

あと、たまに夜中に電話を寄越したかもしれない。仕事で東京に来たときは会ってどこかで食事をしようと持ち掛けてきたかもしれない。そして私は大学の友人に「親との食事とか行きたくねえ~」とかなんとか不満を言いながらじゃあねと別れを告げ電車を乗り継いで山の中の大学から都心に出たことだろう。

たぶん父が生きていた場合のほうが、さまざまな局面でストレスが多かったと思う。

父が死んで空洞が出来た。でも父が生きているときにそこを埋めていたのはけして快だけではなかった。

父のことなんてもう吹っ切れた、吹っ切れたまではなくとも気持ちは凪いだと思っているのに、心ではちっとも悲しくなんかないのに夜になったら涙が出る。なんでだろう?生理現象のような涙を毎日ちょっとだけ流している。

 

母の友人から仕送りが送られてきた。私のことを考えてお金を出して物を買って送るという行為をしてくれたことがうれしい。

私の周りの人々はけっこう私に甘いし優しい。私は薄情だし性格も悪く時間にだってルーズなのに周囲の人間はなんだかんだで許してくれる。運がいい。

そうは言いながらももし許されなかったら私はけっこう傷つくんだろうなと思う。私はそういう人間なのである。

 

町を歩いてるとクリスマスソングが流れていたり、あるいはクリスマスツリーが売っているような時期になってきた。去年の私は今頃受験のことで頭がいっぱいで、センター試験まであと何日、みたいなカウントダウンにおびえていたように思う。もう三年前くらいのことに感じる。いま浪人している友達はまだそのステージにいるんだなあと思うとなんだか遠く感じる。かといって地元の大学に進学しsnowで撮った自撮りを載せている髪を茶に染めメイクを覚え制服以外の服を着たかつての同級生たちも遠いのだが。

 

父が死んでもうすぐ一年経つという事実にちょっと引く。そして父関連の私がしなければいけないことはまだ山積みで、今は姿を潜めているが私が成人したとたんに襲い来るのだと思うとけして未来は明るくない。でも今は明るい、それでいいかと思う。

 

4月から5キロ痩せた。4月は人生で一番太っていた時期だったので、今もけして痩身ではないしデブなのだけど、私の人生が変わっていってるな~と感じる。最近ファッションや美容にも興味が出てきた。こういう興味というのは自発的なものなんだな、そしてそれを大抵の女の子は中高生で、あるいは小学生で通過するんだな~とも感じた。

 

結局バイトは年末には帰省したいしルーティーンがなく不規則な毎日を過ごしているので、派遣の軽作業バイトを応募してみた。軽作業ってどのくらいの軽作業なのかやってみないと分からないが、ほぼ面接で落ちることはないらしいので安心している。10月は浪費が特にひどかったので何万か稼ぎたい。